魔狼の黙示録

光り輝く天狼の双極に位置する魔狼の深淵。足を踏み入れし者は魔狼の真の姿を垣間見る。

21年ぶりに映画館で見た映画ドラえもん「のび太の新恐竜」感想。

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           ドラえもん

私とこの作品との出会いを語るとおそらく物心ついた頃まで遡ることになるだろう。最初は映画とアニメを親に見せられ、次第に興味が湧きテレビ本放送も見るようになった。それと時を同じくし、過去の映画作品のビデオを借りてきて全作品食い入るように見たことで、私の中に「映画ドラえもんという強大なブランドが築かれていった。それから二十余年という月日が経過し、趣味の第一線からは降りたものの今でも「映画ドラえもんは私の中で特別なブランドのひとつとなっている。久しぶりの更新となる今回は、そんな映画ドラえもん最新作のび太の新恐竜」の感想を赤裸々に綴っていこう。

 

※注意喚起 当記事は執筆当時(8/12)劇場で公開中の映画の感想を含みます。一切妥協せずネタバレしていくので注意してください。

 

 

まえがき:どうして久しぶりに映画館へ?

まずタイトルにもある通り、私は今回21年ぶりに映画館にてドラえもん映画を見た。最後に見た作品は「宇宙漂流記」で、自分の意志で連れて行ってもらったわけではなく親に連れて行かれたという形なので、自発的な映画鑑賞という意味では今回が歴代映画ドラえもん史上初とも言える。ここまで今作が私の興味を惹いた理由は色々あるが、逆に何故今まで見に行ったことがなかったのかを先に語っておこう。

私は生粋の映画ドラえもんファンであり、「恐竜」から「ワンニャン時空伝」までの25作の旧ドラ作品全てと「恐竜2006」~「南極カチコチ大冒険」までの新ドラ作品は一通り目を通している。特に旧ドラに関しては幼少期からリピートしているため作品によっては10回以上見ているものもある。中でも「ワンニャン時空伝」は私の犬嫌いを払拭し、後に狼好きになるためのきっかけを作った作品であり、主題歌も作品自体も最高で、私の人生に影響を与えた創作物を挙げるとなると必ずTOP3に入ってくるくらいには評価が高い。*1

この作品のテレビ放映並びに旧声優陣引退を最後に私はテレビアニメ版を卒業し、以後は映画版のみテレビ放送で追いかけるようにしていた。*2この辺りまでの映画館に行かない理由はただ単純に「幼いため一人で行けなかった」というものがある。(もちろん親にも頼んだ連れて行ってもらえなかった)

時が流れ2011年、「新鉄人兵団」の公開が決まる頃には既にポケモン映画目的で映画館に足を運べるようになっていたため、「慣れ親しんだ作品のリメイクだけに絶対見に行かねば」と思ったのに何故か行くことがなく、以後新大魔境や新日本誕生などがリメイクされても行くことはなかった。単純に「見に行きたいけどなんか行く気が起きない」というどっちつかずのままだった。

そして迎えた2020年、今年だけは何かが違った。新型コロナウイルスの影響で夏に予定されていたポケモン映画が冬に延期、代わりにドラえもんが夏にずれ込んだことで"夏に映画を見る習慣"を上手く利用することができた上に…

主題歌として私が最も敬愛するバンド『Mr.Children』の起用が決定。

「好条件揃いすぎでしょ…見るしかないじゃん。」とボヤいた私はいつの間にか21年間上がらなかった重い腰を上げ、「新恐竜」を見に行くことになったのである。だがしかし、ここまで一切作品の内容を書いてない事からも分かるように期待値は大して高くなかった。旧ドラで育った世代が持つ新ドラへのなんとも言えない不安感の影響が出ていると言えよう。そんな状況下で恐竜」がどこまで牙を剥けたのか、その顛末を語っていこう。

 

第一作をなぞるような序盤

冒頭は恐竜博でリアルな恐竜達にビビるのび太とそれを誂うスネ夫ジャイアンの場面からスタート。のび太「まだ恐竜が生き残ってる!」と言い張るがスネ夫「6600万年前に隕石の衝突で滅んだ」と返す。この流れは私が旧作で特に気に入ってる「竜の騎士」の序盤を彷彿とさせ、早速オマージュ入れてきたかと私の関心を惹いた。その後は恐竜博士の元で化石発掘体験をするも、またもやスネ夫ジャイアンにバカにされたのび太「生きた恐竜を探してみせる、できなかったら目でピーナッツを噛んでやる!」と息巻いて恐竜博を去るが、去り際に躓いた卵のような石が恐竜の卵だと確信し持ち帰った。ところで今作はオープニング流れないのね。今のTV版OPのドラえもんがすごく好きなので聞けると思っていたら肩透かしを食らった。

ピーナッツだけに豆知識だが、原作の「恐竜」だと「できなかったら鼻からスパゲッティを食う」と言っており、この部分は引用されていない。他にこの表現が出てくるのは「オオカミ一家」であり、そちらからの引用表現となっている。また、この話は何度もアニメ化されていてのび太が月光灯を使ってオオカミになる貴重かつ良質なTF回なので気になった方は是非目を通して欲しい。特に2007年放送の新ドラ版は毛やマズルの生える描写がめちゃくちゃ細かい上にオオカミのび太がそれはもうめちゃくちゃ可愛くて性癖歪むので絶対見てくれ!早くもう一回アニメでリメイクしろ!なんなら映画でやっていいぞ!!

 

のび太の恐竜飼育生活

帰宅したのび太ドラえもんにタイムふろしきを借りて卵を一日かけて元の姿に戻し、ついに孵化の時を迎えるのだった。生まれた恐竜は双子の羽毛恐竜で、鳴き声から名前を取り姉のミューと弟のキューと名付けられた。ドラえもんはすぐさまこの二匹の種類を調べるが該当なし、つまり名前のない「新恐竜」であると判明し、のび太は発見者である自分の名前を取って勝手に「ノビザウルス」命名した。この図鑑で調べるシーンにこっそりピー助ことフタバスズキリュウがいるのもちょっとしたファンサービスだなと感じた。後にもっとすごいのが来るのだが…

のび太達はママに見つからないようにこの双子の恐竜を飼い始めるものの、なんでも食べるミューはまだしも偏食で思うように餌を食べないキューには非常に苦労するのび太。恐竜博士のヒントによってようやく刺し身を食べさせることができたものの、戻してしまうキュー。解決策を知るために深夜に恐竜博の恐竜博士の家に押しかけるシーンはちょっと迷惑じゃね?とか思ったが一生懸命さは伝わる演出かなという評価だ。

確実に大きくなってきた二匹。姉のミューに至ってはついに滑空する事を覚え始め、もう家では飼えなくなってしまい、「ピー助同様外で飼うのかな?」と思ったらジオラマセット(正式な道具名忘れました)で小さくして飼う事になった。このジオラマは外界の遊具や川などを持ち込み、「ノビザウルスランド」と名付けられた。そこで二匹は伸び伸びと成長していくのだが、キューはいつまで経ってもミューのように飛ぶことはなかった。飛ぼうとしなかったのではなく、”飛べなかった”のだ。過去の映画でも飛べない事をコンプレックスにしていたグースケというキャラが「翼の勇者たち」に出てきたこともあり、意識してるのかな?と感じた。

一方のび太も自身が学校で逆上がりができない事を気にしていて、ここが本作の対比ポイントとして置かれていると直感的に悟った。数日後、成長した二匹をついにスネ夫ジャイアン、しずかちゃんの3人に見せる時が訪れ、バカにしていたスネ夫ジャイアンのび太を認めたがいよいよもってお別れの時が近づいてきたのだった。のび太は最後に身長を書き込んでいたジオラマ内のジャングルジムに自分の名前を書き残し、ついに出発の日を迎えた。当初二人だけで行く予定だった旅にしずかちゃん達三人も同行することになり、キューとミューの故郷でもある6600万年前の白亜紀の日本への旅が始まった。

 

舞台は白亜紀、仲間を探して三千里

最近の映画をあまり見ていなかっただけにタイムマシンの演出がすごく良くなっており、6000年前を通りかかる時にドラえもん「ナイルに文明が起きた頃」プチ歴史解説を挟むのがドラえもんのいいところだよなぁと改めて思った。執筆現在、私は趣味で世界史を再履修しているし、生物史にも非常に興味がある。こういった私が世界史や生物史などが好きな理由の根底にはおそらくドラえもんのプチ歴史解説があるのではないかなと思っている。「創世日記」とかむしろそっちがメインまであるし。また、静止した超空間のタイムマシンの上部で大きな振り子が揺れてる演出が振り子並びに歯車大好きな私にとって非常にツボな演出だった。

さて、いよいよ白亜紀に到着したと思いきや最初に見つけた恐竜はステゴザウルスドラえもんは違和感を覚える。「おかしい?ジュラ紀の恐竜が白亜紀にいるはずがない」と。さらにそこへ襲いかかってきたアロサウルスを見てここは白亜紀よりさらに1億年前のジュラ紀だと確信し、一目散にタイムマシンへと逃げ込む5人。しかしのび太アロサウルスから逃げ遅れ、ジオラマセットを水に落としてしまう。キューの助けもありなんとかタイムマシンへと逃げ込み今度こそ白亜紀へと向かうのだった。この下り、ちょっと蛇足かと思いきや「ステゴザウルスとアロサウルスジュラ紀の恐竜」だと視聴者に強烈に印象つける事ができる上に後述するある伏線を兼ねているため、重要なシーンの一つである。

白亜紀の日本に到着した一行はノビザウルスの仲間たちを探すため足跡を追い、途中恐竜に襲われるが友チョコという道具を使って恐竜達と友だちになる事で事なきを得た。この友チョコは半分を自分が、もう半分を相手が食べる道具で、友達にした相手の特徴を1時間だけ得られる特性があり、ジャイアンティラノサウルスに食べさせたことで尻尾と牙を一時的に得ていた。これ、実質TFじゃね??これによりジャイアンティラノサウルスのゴルを、スネ夫トリケラトプスのトップを仲間にしていった。ここで仲間になった恐竜がCGから絵に変わるのは最近発売した「ペーパーマリオ オリガミキング」「敵は立体的な折り紙で味方は紙」とビジュアル的に分かりやすくなっている描写に近いなと感じた。

ここで主題歌のミスチルが歌う「Birthday」が挿入され「うおおおおおおお!!!」というテンションで旅のダイジェストを見ていった。いや、ホントにいい曲で素晴らしかった。ミスチル主題歌のアニメ映画といえば、数年前に公開された「バケモノの子」があるが、あれも正直主題歌目当てで見たくらいには映画にマッチしていて素晴らしい曲だった。モナーの風上にもおけねぇなこいつ…

ノビザウルスの足跡を辿り、海辺の岸壁にたどり着くが行き止まりとなっていてそこからはスネ夫ジャイアンと別れ捜索を開始する。スネ夫ジャイアンは怪しい猿の後を追い謎の洞窟へと入り込む。そこには恐竜の剥製が大量に展示されていてスネ夫「恐竜を売りさばくハンターがいるってドラえもんから聞いたことがある」と原作の「恐竜」に出てきたハンター達を彷彿とさせるような感想を述べていた。最奥に辿り着いた二人は猿を追い詰めるもその正体は猿に姿を変えていた人間であり(これもTFじゃん)白亜紀に入って以後ずっとドラえもん一行を監視していた謎多き男「ジル」であった。男はスネ夫ジャイアンを睡眠銃で眠らせ、牢屋に閉じ込めた。

 

『掟破り』のサプライズゲスト

一方でのび太たちにもケツァルコアトルスのような巨大な翼竜が襲いかかり、飛べないキューを救おうとしたのび太は海へと真っ逆さまに落ちてしまった。もう絶体絶命かと思ったその時、懐かしい声とともにキューとのび太を救ったフタバスズキリュウがいた…。

そう、ピー助である。

「うわー、やりやがったな!!こんなの古参ファン泣くじゃん!」というニクい演出である。泣きはしなかったが私も古参ファンを謳うだけあって非常に衝撃を受けたシーンだった。過去に映画以外で出てきたキャラが映画に出演した事が「雲の王国」でもあったが、映画発のキャラが別の映画で出演した事は一度もなかった。理由は映画版は全てパラレルワールドで繋がっていないからである。それ故にこの演出は色々と「掟破り」と言えよう。ただしこの演出、捉え方次第では今作の最も賛否が分かれるポイントでもあるので後ほど問題点まとめで語るとしよう。

ピー助に助けられたのび太は謎の島へと運ばれた。そこには今まで探し求めていたノビザウルスの仲間達が暮らしており、合流したドラえもんとしずかちゃん、ミューと共に群れへと二匹を返しに行った。しかし…

 

飛べないキュー、飛ばせてあげたいのび太

自由に滑空できるミューはすぐさま群れの一員として認められたのだが、キューは依然飛ぶことはできない。それ故に群れに入れてもらえず顔を引っ掻かれてしまったのだった。それを見たのび太「絶対に飛べるようにして群れの仲間だと認めさせてやる」と決意を固めた。それからはキューに対してスパルタ教育のように強く当たり、最後にはキューは逃げ出してしまった。この時ののび太は人が変わったようにキツく当たってたことから逆上がりが出来ない自分とキューを重ね合わせて苛ついているのか、もしくは本人も必死なんだろうなという感情が伝わってきた。その後のキューに逃げられて落ち込むのび太に対してしずかちゃんがのび太さんは他者の痛みを理解できる、そんなところが好き」ともはや告白のようなシーンまであって「さすが未来の嫁だ…」とちょっと感動していた。

一方スネ夫ジャイアンは謎の男に捕まり、魚型潜水艦で海の中を進んでいた。牢屋の外には看守のようにヴェロキラプトル(でいいよね?)が歩き回っていた。二人はそれを見て「牙があれば檻なんか壊せるのに…」とボヤいた直後、ドラえもんから預かって懐に隠し持っていた友チョコを使い、ヴェロキラプトルの能力を借りて脱獄に成功したのだった。その裏でジルは怪しい女性「ナタリー」と話しており、ナタリーは何かあれば私も介入すると発言していた。

慰めてもらい元気になったのび太は島のどこかにいるキューを探し出し、必死に木から飛ぶ練習をするキューの横で自分も木の弦を使い逆上がりの練習をして「僕もキューと同じなんだ」と体現していた。そこへ空から隕石が落ち大爆発、ここは6600万年前…ちょうど恐竜が絶滅するきっかけになった隕石が地球に落ちた時であった。のび太のもとにやってきたドラえもんとしずかちゃんはこの状況を説明し「これは変えることのできない運命なんだ」と伝えた。そういえば、かつてドラえもん「竜の騎士」でもこの説明を悲しそうに恐竜人達に伝えていたなぁと…。

 

歴史の分水嶺足り得る一人と一匹

キュー達を守るために逆時計*3で隕石を止めると言い出すのび太の元に突如タイムパトロールが現れた。タイムパトロールと言えば、旧ドラの「恐竜」「日本誕生」などでは詰みだった状況を救ったりとある種のデウスエクスマキナ的存在だった。しかし今作はその銃口が主人公であるのび太達に向けられた。一時は確保されそうになったが、そこに現れたジルはチェックカードの結果を見てのび太とキューを見届けると宣言し、タイムパトロールは一時撤退した。ここで「今まで怪しい行動を見せていたジルとナタリーはタイムパトロール隊員で敵じゃなかった」というミスリードを理解した。

また、ジルが使ったチェックカードは「歴史に影響する生物を識別するカード」で、この結果からのび太とキューを今ここで止めると歴史に悪影響が及ぶと判断されたのである。この一連の下り、過去作でドラえもん達はずっと歴史改変っぽいことしてるのに何故時間犯罪にならないんだ?」と疑問に思っていた人たちへのアンサーの一つとも言えるかもしれない。「パラレル西遊記なんかは特にドラえもんのせいで人類滅んでるし時間犯罪者だろ」って誰もが考えるだろうし、この疑問点に一石を投じたのは非常に評価できると思った。

のび太たちは恐竜を救うため、行動を開始するがそこへ脱獄したスネ夫ジャイアンが吉報を持って戻ってきた。この島はなんとジュラ紀のび太が落としてきたジオラマセットの大きさ調整機能が壊れ、島サイズとなったものであり、鉄棒や土管、ジャングルジムのような形の地形は1億年かけて出来上がった地形だという。その島に陸地を追われたノビザウルス達が住み着き、名実共に「ノビザウルスランド」となったわけである。そしてジャングルジムの苔がめくれ、のび太の名前が出てきた演出で確実なものとなった。うん、エモいね…。この島がこれから果たす役割的にも「竜の騎士」聖域のオマージュたっぷりだし、うっかりジオラマセットを落としてきたという「損失」未来の自分達を救う結果をもたらしているというのが実にいい伏線だと思った。

 

進化と成長

ノビザウルスランドは外界から切り離されている事から、5人は協力して空間移動クレヨンを駆使して迫りくる隕石による熱風から恐竜達を守るため、ノビザウルスランドに移動させることにした。キューとのび太ドラえもんが島内に移動先の円を描き、しずかちゃんとミューは大陸の方で移動元の円を描き、スネ夫ジャイアンは移動元の円へ恐竜達の誘導を行った。この流れを見て今作の脚本を務める川村元気氏プロデュースの君の名は。を思い出すという感想を多く見かけたが、個人的には「竜の騎士」の聖域誘導の展開を彷彿とさせると感じた。岐阜県民の風上にも置けないなこいつ…

円を描くのび太たちの元に大翼竜が襲いかかり、ドラえもんは落とされのび太タケコプターを失い羽にしがみつくという絶体絶命のピンチを迎えたその時、のび太の必死の叫びを聞いたキューは小さな羽根をバタバタしながら「羽ばたき」を会得し、のび太の危機を救ったのだった。ジルはこの様を見て「かつて恐竜は滑空から羽ばたきを覚え、鳥へと進化した。これがその第一歩だ…」と声を漏らしていた。

かつては恐竜は隕石の衝突により絶滅したとされており、一部の羽毛恐竜が鳥類へ進化したというのはここ十数年の新説である。こういった新説をしっかり物語に取り入れた試みは非常に評価している。私はこのシーンでドラ映画としては久しぶりに泣いた。年取って涙腺が緩くなったなぁと感じるが、それほどまでに良い演出と一生懸命なキューの姿に心打たれたのである。飛べるようになったキューはのび太を乗せてそのまま円を描き、恐竜達をノビザウルスランドに移動させることができた。ドラえもんジオラマの天候調節機能(リモコンが1億年経っても効くのすげーな)で快晴に設定し、お別れも言わずに出ていこうとするのび太達の元にキューとミュー達が飛んできて別れを告げた。ここで挿入歌「君と重ねたモノローグ」が流れるのだが、これがまた…強い。危うく泣くところだった。ミスチルの涙腺破壊性能の高さは流石である。現代に戻ったのび太はずっとできなかった逆上がりを成功させ、彼もまた成長したのだった。

そしてエンディング。主題歌の「Birthday」に載せて黄色い玉が色々な生物へと受け継がれ、最後は走るのび太へ。しずかちゃんやスネ夫ジャイアンも一緒に走り出し、ドラえもんの元へ駆け寄る。頭上をピンクと緑の鳥が飛んでいく…彼らの得た羽ばたきは今こうして鳥達へと受け継がれていると物語るように。

ところで、エンディングで走る作品は名作という法則がある。「竜の騎士」だって「日本誕生」だって「ブリキのラビリンス」だって名作である。つまりそういうことだ。

そういえばブリキのラビリンスのED「何かいい事きっとある」の歌詞に「ずっと苦手の鉄棒逆上がり やっとできた風の中」という一文があるが、これもオマージュ…なのか?

 

ココが変だよ「新恐竜」

個人的にはいい映画だったと感じた「新恐竜」だが、冷静に考えると色々ツッコみたいなと感じるポイントもいくつかあった。

まず「最初の卵の化石の見つかり方」。この手前にのび太「恐竜が躓いたかもしれない」と恐竜博士に言われた石を掘り出し、そこからのび太が躓くようにつなげたのだと思うが、化石の出現が唐突で雑だなとも感じた。新のつかない方の「恐竜」だと発掘して見つける下りがあるだけに、もしやここで既にのび太の手に卵が行き届くように黒幕かなにかが仕組んだのか?」とか「恐竜博士、後で絶対黒幕として出てくるだろ…」とか変な考察をたくさんする羽目になった。結果的にこれは何も意味のない演出だった。

次に「ピー助の登場」「恐竜」「恐竜2006」は両方とも一作目であり、2006ですらもう14年前なので当時5歳だった子供は既に成人間近である。そういう意味では確かにファンサービスとしてはこの上ないかもしれない。だが忘れている人はもう一度両作品を見てきてもらいたい。「ピー助は1億年前の白亜紀に送り届けられた」という描写があることから、もし生きてたとしたら3400万歳ということになってしまう。あれがピー助の子孫の別のフタバスズキリュウなら合点は行ったのだが、スタッフクレジットに「ピー助:神木隆之介と書かれていたことからあれは紛れもないピー助だったのだと公式に認めてしまったことになる。しかも最後に島を去る時にピー助と思わしきフタバスズキリュウが島の外にいるように見えてしまう描写があり、「隕石によって死んだのではないか?」と議論を巻き起こしてしまっている。これに関してはスタッフクレジットもフタバスズキリュウにしてピー助と別個体にした方が良かったのではないかと思う。序盤のドラえもんの宇宙大百科にチラッと載るくらいの細かいファンサービスで良かったんだ…

あとは全体的に感動の押し売りがあるとか色々言いたいことはあるが、これは新ドラの"作風"だと割り切っているので今更突っ込むまでもないかなと思うので深くツッコミは入れないとしよう。他にこの作品のテーマである「多様性」にも突っ込もうかと思ったが、この感想を書くまでに色んなプロのレビュアーの感想を読んで、正直ものすごく見劣りするなと感じたし、上手く言葉で表すのが非常に難解になってしまったのでこの件への言及は止しておく事にする。

総評

結果的に過去作のオマージュ、特に同じ恐竜がテーマの恐竜、恐竜2006、竜の騎士のオマージュはかなり多く盛り込まれており、見ていて楽しかった。伏線回収も堅実でよくできた面白い作品で、新ドラ映画の中でも上位に来る出来だったと個人的には感じた。その一方でピー助の登場は演出優先でぶっこんだ感があり、他にもテーマや演出に疑問が残る点が少なからずあった。完璧とは言えないが描きたいものは感じ取れた、そんな作品だった。来年以降も見に行くかどうかは正直作品が発表され次第といったところである。ただ、エンディング後の予告で来年は期待できるかもしれないと思えた。その内容が…

『巨大な宇宙船に砲撃されながら追われる円錐型のロケットと輪を持った星』

だったので、おそらく旧ドラ第六作のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)」のリメイクで間違いないだろうと予想した。もしリメイクなら2016年の新日本誕生以来5年ぶりになるし、原作も非常に人気が高く私も大好きな作品なのでぜひ見に行きたい。流石に宇宙開拓史ほど酷いリメイクはされないと思いたいが…

 

来年以降のドラえもん映画に期待を添えて、今日はこのへんで筆を擱く事としよう。ここまで読んでくれた皆様には感謝の意を評したい。ではまた

*1:ただしこの評価には"思い出補正がかかっている"と後年見返してみて思ったりもする。

*2:ただし性癖の関係でTF回だけは録画して見てた

*3:時間を巻き戻す道具